新卒NPO職員のつぶやき。

学生時代に某塾からの内定を辞退し、教育系NPOに新卒入社。早4年目。日々駆け抜ける中での気づきを綴ります。

新卒NPO職員は3年半で何を経験し、何を学んできた?【その③】※11/04追記

どうも、僕です。

少し時間が経ってしまいましたが、続きを書きたいと思います。

 

▼前回までの記事はコチラ▼

新卒NPO職員は3年半で何を経験し、何を学んできた?【その①】 - 新卒NPO職員のつぶやき。

新卒NPO職員は3年半で何を経験し、何を学んできた?【その②】 - 新卒NPO職員のつぶやき。

 

ちなみに前回「次回は社内の人たちから得た支援について書く」と書きましたが、ちょっと変更します。

 

前回、下記のように書きました。

 

カタリバというラベルがあるだけで、新卒の僕は「すごいね」と言われ続けました。

新卒でやりたいこともよく分からず、路頭に迷いそうだった自分に対して投げかけられる「カタリバが採った新卒なんだからすごいに違いない」という暗黙のメッセージ。

そして、特に何も答えられない自分。

 

カタリバという組織の凄さを肌で感じるとともに、

率直に、僕はそんな自分が情けなかったです。

 

「自分がNPOという道に辿り着いた意味は何なんだろうか?」

「楽しく仕事はしたい。事実、やり始めて楽しいとも思っている。でも自分はなぜココで仕事をするのだろう?」

 

毎日そんなことを考えていました。

 

 

これらがどんな風に僕の中で解決されていったのか。

そのヒントをくれたのは、皮肉にも授業で出会ったある生徒でした。

 

今日はそんなお話です。

 

 

▼自分は、無力だ。

 

 

その生徒はとある神奈川の高校の1年生の女子生徒。
彼女はカタリバの授業をすごくつまらなさそうに受けてました。
 
話しかけたら結構素直話してくれて、あることが判明しました。
 
それは「久しぶりに学校に来た」ということ。
 
その学校はそんなに荒れた学校じゃないし、珍しいなと思って色々話を聴くと、「先週お母さんが脳梗塞で入院しちゃった」と話してくれました。
 
彼女は、仕事が忙しいお父さんの代わりに毎日お見舞いに行き、
これまたバイトで忙しいお姉ちゃんが出来ない分の家事をして、
お母さんが倒れたショックで学校にいけなくなった弟の小3弟の世話もしてた。
 
部活のテニスも学校に通うことも頑張り続けてたら疲れてしまって、学校に行けなくなってしまったと。
その時、おそらく彼女は不眠症にもなっていました。
 
 
そして、授業の最後、僕にこう問いかけました。
 
「私、不安だよ。できるなら、お母さんが倒れる前に戻りたい。
これからうちの家族、どうなっちゃうんだろう?」
 
 
 
何も答えられなかった。
 
確か励ましの言葉をかけたと思うんだけど、多分言葉は上滑っていた。
 
僕は、無力だった。
 
 
いくら対話をしたって、彼女のお母さんは回復するわけじゃない。
 
僕は、目の前のたった1人の女子高生の表情さえ変えられないじゃないか。
 
何が新卒でNPO就職だ!
何が教育系NPOだ!
ふざけるな!
 
 
誰に叫びたかったか、誰に怒っていたのかさえ、分からないけど、そう叫びたかった。
でも本当は分かっていたんです。
悔しくて、情けなくて、そんな自分に怒っていたと。
 
そして、この出来事をそのままにしちゃいけない。
なんとなく、そう思いました。
 
 
 
そして、このことを少し経った後に振り返って、思ったのです。
 
 
今の僕は無力で、何も力にはなれない。
 
でも、また、いつかどこかで彼女に会ったときに、
「あの時は何もできなくてごめんね。でも今なら力になれるよ」
と堂々と胸を張って言える自分でありたい。
 
それが彼女に出会ってしまった自分の責任なんじゃないか、と。
 
 
▼「心の棘」と向き合う。
 
それから少しして、下記の記事に出会った。
 

ではどうすれば良いか。「何となく心に刺さっている棘」に会いに行けば良い。ニュースで見て、新聞で見て、友達に聞いて、自分で体験して、何となく許せなかったこと、納得が行かなかったこと、悲しかったこと、心動かされたこと。そうした棘に、実際に会いに行けば良いのだ。

(中略)

だから、棘に会い、棘の痛みに向き合うことによって、我々は近づけるのだ。真の問題意識に。そして一生取り組んで良いと思えるテーマに。

 

「心の棘」。

なんとまあ、的確な表現なんだろうと思いました。
 
「社会課題」って、学生の頃の僕は正直ピンときませんでした。
何だか遠くにあることのように思えて仕方なかった。
 
でも仕事を始めて、何だか「手触り」のようなものを感じたのです。
そして「この手触りは、よくわからないけど放っておけないから大事にせねば」と思ったのです。
 
世の中の社会課題は、名前がついてるものばかりじゃない。
大きいから小さいものまで、千差万別。
軽く僕の想像の範疇なんかを超えているのでしょう。
 
 

それでも、自分が出会った「棘」くらいはどうにかしたい。

今でも、やっぱりそう思うのです。

 

 

彼女と出会って、3年が経ちました。

正直、まだ胸は張れないなあと思います。

もっと自分を成長させないといけないし、まだまだ。

だから、そうやって、僕はまだここにいます。

 

 

 

いつかまた彼女に会えるなら、伝えたいことがもう一つだけ、たった一言だけ。

 

 

「ありがとう」

 

そう、伝えたいなあ。

 

 

【追記(2014年11月4日)】

 

Facebook上で数人の方からコメントいただきました。

その上で「自分が無力だ」と感じた部分について、

伝えきれなかったことがあったみたいなので追記させてください。

 

実は彼女の話には、後日談があります。

 

彼女は団体の公式掲示板の中で、ずっと不眠の悩みを僕に相談し続けていました。

そして僕は、毎日彼女が起きる時間帯に起きて「今日は調子どう?」と書き込むことだけしかできませんでした。

 

その時、彼女を救うには、間違いなく対話以外の力も必要だと僕は痛感したんです。

 

名前もない社会課題はきっと世の中にたくさんあります。

それを本気で解決したいのであれば、一つのプログラムだけやり続けても近道じゃないなと思ったんですよね。

色んな角度からの刺激やサポートが必要なんです。

 

だけど、今の自分はそれを変えるだけのイノベーションを起こす力を持っていない。

 

そういった意味で「自分は無力だ」と感じたのです。

 

だけどコメントしてくれた人たちが書いてくれたように、あの時間に意味がなかったとは僕も思いません。

微力だが、無力ではない。

そんなことを思いながら、今日も僕は高校に足を運んでいます。